退位礼正殿の儀で、天皇陛下をへりくだった首相挨拶
「ご…される」「お…される」は頻発する誤用です。政治家の発言でも例外ではありません。街頭演説や記者会見なら、原稿なしで話すことが多いので、つい使ってしまうのもわからないではありません。ところが、原稿を読み上げているにもかかわらず、しかも202年ぶりという超重要な儀式の挨拶で、「ご…される」が飛び出しました。
「退位礼正殿の儀」において、安倍首相は国民を代表して挨拶を読み上げました。その冒頭、安倍首相は「天皇陛下におかれましては、皇室典範特例法の定めるところにより、本日をもちまして御退位されます」と高らかに述べたのです。「御退位され」のうち「れ」は尊敬の助動詞「れる/られる」の連用形であり、平成天皇に対する敬意を表すので、適切です。ところが「御退位さ」を終止形にすると「御退位する」です。「ご…する」は謙譲語です。謙譲語は動作の主体をへりくだることによって、相手(動作の主体ではない)に対する敬意を表します。「退位する」という動作の主体は平成天皇ですから、安倍首相は平成天皇をへりくだったことになります。平成天皇陛下に対し、失礼千万です。
この挨拶文は、おそらく優秀な官僚が書き、何人もの頭のよい役職者がチェックにチェックを重ねたと思われます。最終的には、閣議決定を経ました。閣議決定まで登りつめた挨拶文に、かくも失礼な誤用があったことに驚きます。
いやな予感はしていました。閣議決定後の記者会見で、菅官房長官が「御退位される」と言っていたからです。
細かいことを言えば、「おかれましては」「もちまして」も、美しい日本語としては望ましくありません。動詞に「ます」をつけると丁寧語ですが、「おかれましては」の「おかれる」、「もちまして」の「もつ」は、もはや動詞の働きを失い、慣用的な接尾語/接続語の一部となっています。このような言葉に「ます」をつけるのは、望ましくありません。「そして」を「そしまして」とは言わないし、「しかし」を「しかしまし」と言わないのと同じです。
「天皇陛下には」だけでも高度な敬意を表します。これに「おかれて」をつけて「天皇陛下におかれては」と言えば、それだけで最上級の敬意を表しています。その上に「ます」を加える必要はありません。
「天皇陛下におかれては、皇室典範特例法の定めるところにより、本日をもって御退位なさいます」と言ってほしかった。
儀式の格式としてこれ以上はないという儀式の挨拶文に誤用があるとは誰も考えないでしょうから、多くの人がこれを手本にすると考えられます。これで「ご…される」は公認されたも同然です。