残念な日本語を現行犯逮捕する

ビジネス文書は、正確に、論理的に、そして美しくありたいもの。一部上場大手企業における管理職経験14年、入試問題の文章推敲経験9年、卒業論文の添削経験18年、ヒューマン・ センタード・デザインや感情心理にも精通した筆者が、気になる日本語を斬ります。

加速していないワクチン接種を、あたかも加速していることにする「加速化」

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首相官邸ツイッターから

 

最近、国会答弁や記事で「加速化」という珍語に遭遇します。COVID-19のワクチン接種に絡んで、さらに増えました。本来「…化する」は、サ行変格活用動詞の語幹にならない名詞からサ変活用動詞を作る表現です。たとえば、「透明」は「する」をつけて「透明する」とは言いません。つまり、「透明」はサ変動詞を作ることのできない名詞です。しかし、「…化する」をつけると、「透明化する」という動詞にすることができます。

 「加速」は、それだけで「加速する」という動詞にできるので、「…化する」をつけると奇異です。しかも、不必要な表現であるというだけでなく、不適切なニュアンスを伴います。たとえば、「事情は理解できるが、だからと言ってこの行為を正当化することはできない」「背景に溶け込んでいるというより、ほとんど背景化している」などの例文からわかるように、「…化する」は、本来「…」でないものを「…」であるかのように化けさせるというニュアンスを伴います。したがって、「ワクチン接種を加速化する」と言うと、本来全く加速していない接種状況を、あたかも加速していることにするというニュアンスを伴います。遅々として進まないワクチン接種に対する焦りが滲み出ていますね。

 「加速させる」も珍妙な日本語です。「加速する」は、かつては「車を加速する」のように他動詞としての用法が一般的でしたが、近年は「円高が加速する」のように自動詞としての用法も広く用いられるようになりました。自動詞というのは、主語の変化や行為を自己完結的に表現する動詞です。たとえば、「育つ」「生まれる」「発展する」などが自動詞です。他動詞というのは、目的語に対する働きかけを表現する動詞です。「育てる」「生む」「学習する」などが他動詞です。他動詞は「…を」という目的語を原則として伴います。「加速する」という動詞には、自動詞も他動詞もあります。

 自動詞も、使役を表す助動詞「せる・させる」をつけると、他動詞のように使うことができ、目的語を伴えるようになります。たとえば、「育つ」は自動詞ですが、「せる・させる」をつけて「育てさせる」にすると、「養子を育てさせる」と他動詞のように使うことができます。ただ、一見、他動詞になったように見えますが、使役、すなわち「誰かに何かをさせる」という表現であることに注意が必要です。

 「加速する」という動詞には自動詞も他動詞もあるのですから、目的語を伴いたければ「ワクチン接種を加速する」と表現するのが適切です。「加速させる」と言うと、「誰かにワクチン接種を加速させる」という使役表現になってしまいます。それもある意味では真実を述べていますが、政治家や行政官の発言としては、他人任せに聞こえてしまいます。

 「加速化させる」に至っては、言語崩壊しています。

科学的根拠に基づく予測を「想定」と言う珍常識

「想定される各地の津波高さ」

「想定される各地の津波高さ」出典:讀賣新聞2020年4月22日付

 

 日本海溝・千島海溝で起きる巨大地震の予測結果を内閣府有識者検討会が4月21日に公表したことを、報道各社が一斉に報じました。たとえば、讀賣新聞は「日本海溝・千島海溝でのM9級地震想定」という見出しを掲げています。日経新聞は「東北から北海道の太平洋沖に延びる日本海溝・千島海溝でマグニチュード9級の巨大地震が起きるとの想定を、内閣府の検討会が公表した」と書いています。

 防災計画のために、科学的な根拠に基づいて地震などの自然災害の規模を予測することを「想定」と表現する報道が最近増えています。と言うより、ほとんど「想定」と表現しています。

 「想定」とは、「ある一定の状況や条件を仮に想い描くこと」(広辞苑)、「ある状況・条件などを仮に考えてみること」(明鏡国語辞典)です。「仮に」なので、「去年の避難訓練地震を想定して行ったから、今年は火災の想定でやろう」というように、「想定」は恣意的に決めることができます。恣意的に決める「想定」に、確からしさという概念はありません。根拠も必要ありません。

 一方、上記検討会が導き出した「十勝・根室沖を震源とする巨大地震の最大規模はマグニチュード9.3」という結論は、何の根拠もなく「えい、やあ」で出てきたものではありません。過去の津波で陸に運ばれた堆積物という物証に基づくので、南海トラフ地震の予測より精度が高いと言います。今年の避難訓練に火災を想定することには必然性がなく、別に2年続けて地震を想定してもかまいませんが、「マグニチュード9.3」という数字には「9.3」でなければならない必然性があります。このような命題を「想定」と表現してはいけません。「推測」「予測」が適切です。

雇用主の専権事項を代行しているのは誰?

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讀賣新聞のある記事に「味の素は所定労働時間を、17年度に、それまでの7時間35分から20分短縮させた」と書かれていました。「短縮させた」って、誰に短縮させたのでしょう。自動詞に「させる」をつけると、他動詞として目的語を取れるようになりますが、「短縮する」はもともと他動詞なので、「労働時間を短縮する」のように目的語とともに使うことができます。他動詞にさらに「させる」をつけると、誰かにやらせる/やってもらうという使役になります。労働時間を決めるのは(組合との協議が必要としても、基本的には)雇用主である味の素であるはず。その味の素が「労働時間を短縮させた」? 珍妙な日本語です。

退位礼正殿の儀で、天皇陛下をへりくだった首相挨拶

 

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「ご…される」「お…される」は頻発する誤用です。政治家の発言でも例外ではありません。街頭演説や記者会見なら、原稿なしで話すことが多いので、つい使ってしまうのもわからないではありません。ところが、原稿を読み上げているにもかかわらず、しかも202年ぶりという超重要な儀式の挨拶で、「ご…される」が飛び出しました。

 「退位礼正殿の儀」において、安倍首相は国民を代表して挨拶を読み上げました。その冒頭、安倍首相は「天皇陛下におかれましては、皇室典範特例法の定めるところにより、本日をもちまして御退位されます」と高らかに述べたのです。「御退位され」のうち「れ」は尊敬の助動詞「れる/られる」の連用形であり、平成天皇に対する敬意を表すので、適切です。ところが「御退位さ」を終止形にすると「御退位する」です。「ご…する」は謙譲語です。謙譲語は動作の主体をへりくだることによって、相手(動作の主体ではない)に対する敬意を表します。「退位する」という動作の主体は平成天皇ですから、安倍首相は平成天皇をへりくだったことになります。平成天皇陛下に対し、失礼千万です。

 この挨拶文は、おそらく優秀な官僚が書き、何人もの頭のよい役職者がチェックにチェックを重ねたと思われます。最終的には、閣議決定を経ました。閣議決定まで登りつめた挨拶文に、かくも失礼な誤用があったことに驚きます。

 いやな予感はしていました。閣議決定後の記者会見で、菅官房長官が「御退位される」と言っていたからです。

 細かいことを言えば、「おかれましては」「もちまして」も、美しい日本語としては望ましくありません。動詞に「ます」をつけると丁寧語ですが、「おかれましては」の「おかれる」、「もちまして」の「もつ」は、もはや動詞の働きを失い、慣用的な接尾語/接続語の一部となっています。このような言葉に「ます」をつけるのは、望ましくありません。「そして」を「そしまして」とは言わないし、「しかし」を「しかしまし」と言わないのと同じです。

 「天皇陛下には」だけでも高度な敬意を表します。これに「おかれて」をつけて「天皇陛下におかれては」と言えば、それだけで最上級の敬意を表しています。その上に「ます」を加える必要はありません。

 「天皇陛下におかれては、皇室典範特例法の定めるところにより、本日をもって御退位なさいます」と言ってほしかった。

 儀式の格式としてこれ以上はないという儀式の挨拶文に誤用があるとは誰も考えないでしょうから、多くの人がこれを手本にすると考えられます。これで「ご…される」は公認されたも同然です。

反省が加害者の得になる理由

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 札幌で起きた爆発・火災事故。不動産会社の従業員が120本もの除菌消臭スプレーを室内でまいたことが原因とのこと。12月18日、不動産会社の社長が謝罪会見を行いました。

 会見の中で、社長は、顧客から除菌消臭作業の代金を受け取りながら、実際には作業していなかった住居があることを明らかにしました。この点について、記者から責任を質問された社長は、「反省させていただき、…」と答えていました。

 「させていただく」は、

(1) 相手側または第三者の許可を受けて行い、

(2) そのことで恩恵を受けるという事実や気持ちのある場合

に使われるとされています(平成19年2月2日文化審議会答申「敬語の指針」)。

 たとえば、定刻より早く帰りたい事情の生じた従業員が上司とやりとりする中で、「早退させていただけませんか」「ありがとうございます。では、15時頃に帰らせていただきます」と言うのは、条件(1) も条件(2) も満たしているので、適切です。

 一方、不動産会社の社長の場合、反省するのに誰の許可がいるのでしょうか。「反省」とは、「自分の過去の行為について考察し、批判的な評価を加えること」(広辞苑)です。この社長がこの状況で「反省させていただく」と言うのは、誰かの許しがあれば反省すると言っているように受け取れます。まるで他人事のようです。

 また、条件(2) から考えると、反省することが社長にとって恩恵であるかのようにも受け取れます。迷惑を与えた責任を恩恵にすりかえているようです。

 つまり、条件(1) も条件(2) も満たさないのに「反省させていただき、…」と言ったことにより、無責任の印象を与える結果になっています。

 「させていただく」が謙譲語の強い表現だと誤解している方が多いですが、実は、上記のように特殊な状況でしか使えません。安易に使わないように注意が必要でしょう。

かたくるしい漢字

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 NEXCO東日本のwebぺージのプレスルーム/プレスリリース 東北支社に上のような案内がありました。「及び」「若しくは」に当て字が使われています。首都高速道路株式会社のwebぺージの首都高を使う/安全走行のために/冬季期間の首都高のご利用にあたってお客様へのお願いにも、下の写真のような案内がありました。「又は」「及び」「等」に漢字が使われています。

 

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 これらの表記は、平成22年11月30日内閣訓令第1号「公用文における漢字使用等について」に従っていると考えられます。訓令をしっかり守ってえらいとも言えますが、民間の感覚からすると、堅苦しい表記だなと感じます。官庁でも、ひらがなで表記している文書があります。たとえば、1952年4月4日内閣閣甲第16号通達「公用文改善の趣旨徹底について(依命通知)」には、「及び」は全く使われていません。すべて「および」と表記されています。

 やはり、漢字自体にほとんど意味のない接続詞・助動詞などは、ひらがなの方が親しみやすいですね。NEXCO東日本にしても首都高速道路株式会社にしても、もとは道路公団だったわけですから、そこで働く職員には、お役所の文化が残っているのかもしれません。

 

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 NEXCO東日本が逆走防止を呼びかけるぺージでは、「無くそう」と表記されています。これは平成22年11月30日内閣訓令第1号「公用文における漢字使用等について」にも違反するので、「なくそう」と表記してほしいところです。

乗客をへりくだる木更津駅

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木更津駅では、こんな掲示も逮捕しました。「ご利用できません」が、問題です。「ご利用できます」「ご利用できません」は謙譲語の表現です。謙譲語は動作の主体をへりくだることによって、動作の相手に対する敬意を表現します。「利用する」のは乗客の行為ですから、写真の表記では乗客の行為をへりくだって、鉄道会社に対する敬意を表現することになり、お客様に失礼にあたります。「ご利用いただけます」「ご利用いただけません」が正しい表現です。

 ホームに設置されているグリーン券自動販売機に貼ってあった「パスモもご利用出来ます」も、同様の誤りです。「パスモもご利用いただけます」が正しい表現です。

 なお、「出来ます」と漢字で書くのは、誤りというわけではありませんが、美しい日本語という観点からは、あまり適切でありません。「出来ます」「又は」「有る」「無い」など、漢字にほとんど意味がない補助語は、ひらがなで書くのが適切です。これらは、昭和50年代頃まではひらがな表記が当たり前でしたが、ワードプロセシングの普及とともに、無意味な当て字が増殖してきました。手書きならわざわざ漢字で書きませんが、ワープロ仮名漢字変換機能を使っていると、デフォルトで当て字を表示することが多いので、深く考えないまま当て字で確定する人が多いと考えられます。その結果、十代の若者が書いた文章なのに、漢字だらけで、明治時代の官報かと突っ込みたくなります。

 さらに付け加えると、無意味な当て字を廃して平易なひらがなでという考え方は官民共通であり、学会誌の投稿規定に定めている学会も少なくありません。官公庁の発行する書類にも反映されています。ところが、接続詞の「および」に関しては、昭和27年4月4日内閣官房長官依命通知「公用文作成の要領」などで平易な表記が推奨され、ほかの中央省庁がひらがな表記に努める中、文部科学省だけは「及び」と当て字表記を続けています。無意識で習慣が続いているのではなく、文部科学省系列の職員は「及び」と書くように教育されているようです。率先してひらがな表記を広めなければならない官庁であるように思うのですが、謎です。

 

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